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Yoga columnヨガコラム

2019.05.16

ヨーガの修行

 ナマステ!
 第三回目コラムは第一回目に続きヨガの教典「ヨーガスートラ」がテーマです。
 
 前回はヨーガスートラの背景や第一章Samadhi Padaサマーディパーダの有名な節を学びましたね。今回は第二章を見ていきましょう。

 第二章 Sadhana Pada:「ヨーガの修行、実践」を記した章
(サーダナ=修行、実習、実践、完成)
 
 「スピリチュアルな道のりから見ると未熟な人々も(この章を実践すれば:訳補足)解脱を夢見ることができるだろう」というBKSアイアンガー導師の言葉通り、この章にはヨガを学んでみたいという人だけではなく、ヨガを全く知らない人の日常生活にも役立つ知恵が書かれています。より論理的で抽象的な他の章に比べヨガ的に生きる実践的な手段を教えてくれます。
 
 はじめにKriya Yogaクリヤーヨガ、日常行事としてのヨーガという言葉が出てきます。62歳でヨガに出会い、虚弱体質を改善した有名な宗教学者、佐保田鶴治先生によれば、第一章が心の作用の止滅がヨガの目的と定義され、クリヤーヨガはあくまでもヨガの予備的段階にすぎません(佐保田鶴治、『ヨーガ根本教典』、平河出版社(1973)86ページ)。それは我々の煩悩と苦を弱める行事です。  
  その行事ですが、苦行(タパス)、聖典の研究や真言の読誦(スヴァーディヤーヤ)、自在神祈念(イーシュヴァラプラニダーナ)の三つに構成され、特にヨガ修行者の場合、日課として行うべき八肢または八段階のヨガ、アシュタンガヨガがあります。いずれも目的は煩悩と苦から離れるということです。煩悩?苦?って一体?
 
 私たちは五種類の煩悩、kleśaクレーシャを抱えています。一、avidyāアビディヤー(無明無智)、二、asmitāアスミター(自我意識)、三、rāgaラーガ(貪愛、快への執着)、四、dveṣaドヴェーシャ(憎悪)、五、abhiniveṣaアビニヴェーシャ(生命への執着、死への恐怖)です。これら煩悩はKarmāśayaカルマアーシャヤという業遺存の原因になります。カルマアーシャヤまたは業遺存とは、なんらかの行為が心の中に残すもので、カルマアーシャヤは機会を得るとVipākaヴィカーパ、業報または果報として故意的に外界的な形で現れます。例としては境涯(幸福なまたは貧しい家庭に生まれるなど)や寿命などが挙げられます。その多くは生まれ変わった現世の間だけで消費するため、現世の業遺存は一つ前の過去世からの現れであることが多い、しかし時に現世で現れたり、先の転生へ持ち越されることもあると言われます。ヴィカーパの性質が善か悪かにより幸と不幸が生じる、というわけです。カルマアーシャヤはカルマを蓄積する袋のようなもので、過去、現在、未来の三種類のカルマが一緒に貯蔵されているのですが、このうち未来のものは回避できる、というのがヨーガスートラ第二章第16節の立場です。そしてそれには厳しい修行が必要で、それを実現したジーヴァンムクタ、解脱者だけがアガーミー・カルマ、未来のカルマアーシャヤの影響を受けないということです。そして私たちがジーヴァンムクタになる修行としてのアシュタンガ・ヨーガ、八肢または八段階のヨガが始まります。 第29節から続く説明で、
 
  • yama-niyama-āsana-prāṇāyāma-pratyāhāra-dhāraṇā-dhyāna-samādhayaḥaṣṭau-aṅgāni ||29|| ヤマ・ニヤマ・アーサナ・プラーナヤーマ・プラティヤーハーラ・ダーラナ・ディヤーナ・サマーディ・アシュタウ・アンガーニ、ヨガの八肢である。


    一、ヤマ 禁戒、社会に対する道徳律
    二、二ヤマ 勧戒、個人に対する行動規律
    三、アーサナ 坐法、ポーズ
    四、プラナヤーマ 調気、呼吸のコントロール
    五、プラティヤーハーラ 制感、感覚をその対象物から引き離すこと
  • 六、ダーラナー 心の集中
    七、ディヤーナ 瞑想
    八、サマーディ 三昧、真の自己に没入、主観的意識が空になり、精神的な意識から解放された状態

第三段階以降は非常に専門的なヨガの実践になります。第一、第二の戒律は行動の規範で私たちの日常生活でも十分活用できそうです。BKSアイアンガー導師はヤマ、二ヤマについて主著「ライト・オン・ヨガ」(日訳「ハタヨガの真髄」)にて以下のように説明されました。
 
一、ヤマ 禁戒
主義、国籍、年齢、時代を超えて存在する最も重要な戒律である。
  • ahiṃsā-satya-asteya-brahmacarya-aparigrahāḥyamāḥ||30||
    アヒムサー・サットヤ・アステーヤ・ブラフマチャルヤ・アパリグラハ・ヤマーハ
    ヤマはアヒムサー・サットヤ・アステーヤ・ブラフマチャルヤ・アパリグラハから成る。

    1、アヒムサー 非暴力
    暴力を振るわない、殺さないという消極的な意味はもちろん、嫉妬や憎悪といった暴力的な思考もなさず、愛や慈悲を持って生きるという積極的な意味も含んでいる。例えば、他人の過ち、悪に対しては反対するが、それをなした人間自身は否定しない、また他人の幸福を心から祝福するなど。これにより、abhayaアバヤ(恐れからの解放)とakrodhaアクロダ(怒りからの解放)がもたらされる。
    2、サッティヤ 真実
    話には四つの罪がある。罵ったり淫らなことをいうこと、嘘をつくこと、中傷したり告げ口すること、他人が聖なるものとして守っていることをあざ笑うこと。言葉が持つこれらの悪意をコントロールした人は自己をコントロールする能力を体得した人である。真実に基づいて考え、真実の言葉を話し、全生活が真実に基づいて送れるようになった時、初めて神と一体になる用意ができたといえるのであり、すべての真実の源である神はそのような人の要望をかなえ、必要な糧を与えてくださる。
  • 3、アステーヤ 不盗
    他人がもっているものを取り上げて所有したいという欲は、盗みたいという衝動と貪欲を生む。「盗まない」とはただ他人のものを許可なくとらないということだけではなく、所有者が許した時間以上使用しないこと、意に反する目的のために使わないということも意味する。また自己の要求を最小限にとどめるように心がける。
  • 4、ブラフマチャルヤ 禁欲
    辞書では「独身生活」、「自制」とある。ヨガでは精液の乱用は、死へとつながり、寿命を縮めるものと考えられているが、強制された禁欲ということではなく、身体の統制の意味である。
  • 5、アパリグラハ 不貪
    そのときに必要でないものを集め、貯えるべきではない。働かずに何かをえたり、他人の好意に甘えて物をもらったりするべきではない。なぜならそれは精神の貧しさを意味するからである。自分の生活をできるだけ質素にし、何物が欠けても不自由を感じないよう、自らの心を訓練した生き方をすると、本当に必要なものが必要な時に自然にやってくる。

二、二ヤマ 勧戒
個人に対する行動規律
  • śauca-saṃtoṣa-tapaḥsvādhyāya-īśvara-praṇidhānāni niyamāḥ||32||
  • シャウチャ・サントーシャ・タパス・スヴァーディヤーヤ・イーシュヴァラプラニダーナーニ・ニヤマーハ
  • ニヤマはシャウチャ・サントーシャ・タパス・スヴァーディヤーヤ・イーシュヴァラプラニダーナーニから成る。

    1、シャウチャ 清浄 
    身体の浄化は幸福に必要不可欠である。しかしそれよりもっと大切なことは心を浄化することである。すなわち、憎しみ、欲望、怒り、情欲、貪欲、妄想、うぬぼれのような心を乱す感情を浄化することである。さらにもっと大切なことは、不純な思考を追い払って知性を浄化することである。心の不純はBhaktiバクティ(信仰)という水によって洗い清めることができる。知性や理性の不浄はスヴァーディヤーヤ(自己の教育)によって焼き消すことができる。この内なる浄化は、光と喜びをもたらし、慈悲心を生み、苦悩、失意、悲しみと失望を取り除いてくれる。精神の訓練には場所も大切である。食べ物を用意入手でき、害虫などのいないところで、風雨を逃れ、良い環境の場所を選ばなければならない。少なくとも部屋に一隅を設けてそこを清潔にし、空気を入れ換え、乾燥させて害虫から守ることは可能だろう。
    2、サントーシャ 満足
    満足していない心では、集中統一することができない。民族、心情、財産、学識によって差異が生まれる。その違いが不調和を生み出し、そこから意識的あるいは無意識的に争いが起こり、それが人を混乱させ、悩ませ、心の平和を失うことになる。精神の炎が欲望という風によってゆらめかないとき、心の満足と平静がある。
    3、タパス 熱心、厳しさ
    語源は「燃やす」、「焼く」、「熱で消耗する」タプという語である。人生の最終目的に到達するために、いかなる状況の下でも、燃えるように激しい努力をすることである。浄化、自己鍛錬、禁欲にはそれがひつ葉であり、あらゆる精神修養はタパスの実践である。利己的な目的ではなくて、いかなる報酬も期待せず、一本の草でさえも神の意志なくしては揺れ動かないという確固たる信仰で働くことがタパスである。
    4、スヴァーディヤーヤ 自己の教育
    スヴァーディヤーヤを実行する者は、人生という自己自身の本を読み、同時に書き、改訂していくから、人生観にも変化が現れてくる。すべての存在は楽しみ(ボガ)のためよりも崇拝(バクティ)のために存在するのだと理解するようになり、すべての存在が神であり、自己の中にも神が存在して、自分を動かす力は全宇宙を動かす力と同じなのだと悟るようになるのである。
    5、イーシュヴァラ・プラニダーナ 神への献身
    自分の行動と意志を神に捧げることだ。神を信ずる者は、いかなることにも失望しないで、常に心に輝き、テジャスを持つことができる。

     
  • " Truth is what the voice within tells you. Truth is the right designation of God. Truth and ahimsa will never be destroyed." Mahatma Gandhi

    あなたの心の声、それが真実です。
    真実は神が与えてくださる権利であります。
    そして真実と非暴力は何物によっても決して破壊されえないものです。マハトマ・ガンジー

最後までご閲読ありがとうございました。ご感想、ご質問などお待ちしています。また申し訳ございませんが、6月は都合により掲載をお休みさせていただきます。7月に再開いたしますので、またどうぞよろしくお願いします。
OMシャンティ。
 

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