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ルーヴル美術館 特別企画展 Les Choses/ルイ・ヴィトン財団美術館 Monet – Mitchell

 今、パリの美術展はコロナで延期されていた良質の展覧会が目白押しだ。ココシュカ展(パリ市立近代美術館)、ムンク展(オルセー美術館)、いずれも深く突っ込んだ展覧会で、作家のディープな世界に触れることができるが、今回は作品間の関係、出会いに焦点を置いた、卓越した展覧会を2点紹介したい。


これまでに例のない、ルーヴルでの静物画展

 まず、ルーヴルの企画展。これまでのルーヴルのイメージを完全に打ち破った異色の展覧会だ。『静物画の歴史( Une histoire de la nature morte )』という副題がついているが、“静物画”だけを世界中から一堂に会しており、同テーマではフランスでは1950年以来初めての展覧会だ。このことだけでも画期的であるわけだが、コンセプトもこれまでと一線を画している。それは、従来静物画という言葉で包められた領域をはるかに超え、事物全体に広げられていることである。

 通常フランスでは静物画のジャンルとしての誕生は17世紀中半といわれているが、同展のキュレーターであるロランス・ベルトラン=ドルレアック氏は、静物画を紀元前3500年にまでさかのぼり、かなり大胆なヴィジョンを標榜している。これはフランスでは静物画のことをイタリアからの影響でNature Morte(「死んだ自然」)とよび、歴史画や肖像画などと比べて、18、19世紀には格の低いジャンルとして蔑視されてきた事情があり(因みに静物画という日本語はオランダ語Stilleven、英語Still Lifeからきている)、そこでもっと日常的な物を指すLes choses(詩人ポンジュや小説家ペレックへのオマージュでもある)というタイトルで、静物画の復権を図り、ひいては広く事物を扱ったアートを網羅した。さらに言えば、展覧会の冒頭に『物と生物は対話をしているからだ』というヴィクトル・ユゴーの言葉が引用されているが、自然の全ての事物は人間を含む生物と対話をしていることを浮き彫りにしようとしたわけだ。

 絵画、彫刻にとどまらず映画、ビデオ、写真、デジタルアートまで広いジャンルから、世界中の70以上の公私にわたる施設から、古代から21世紀までの170点以上の作品が15のテーマに分けて展示され、時空を超えた作品と作品が共鳴しあう刺激に満ち溢れている。


古代〜18世紀まで-時空を超えた展示の数々

 とはいうものの、展覧会に足を踏み入れるや、少々戸惑ってしまうかもしれない。フランスの先史時代の斧と思われるリリーフ、食物等が描かれた古代エジプト(紀元前2000年)の墓碑が展示されているなかで、タルコフスキーの映画『ストーカー』の中で少女が視線だけでコップを動かすラストシーンが大きなスクリーンに投影されている。さらに、バスター・キートンの無声映画でテーブルを宙吊りにするワンシーンと1960年代ダニエル・スペーリ(スポエリ)によるブルジョワの食事中の食卓を接着剤で固定し、そのまま壁にかけた作品と奇妙に共鳴しあうという風に、ジャンル、時空を超えた作品がまったく垣根なく交錯する世界にいきなり投げ込まれることになる。

 次にポンペイ遺跡等の事物、メメント・モリ(『死を忘れることなかれ』)をユーモアたっぷりに描いた、紀元前1世紀のフレスコ画、こちらは全てナポリ考古学博物館の所蔵だ。

メメント・モリ『死を忘れることなかれ』
Memento mori, Mosaïque
Naples, Museo Archeologico Nazionale di Napoli
© Su concessione del Ministero della Cultura – Museo Archeologico Nazionale di Napoli –
foto di Giorgio Albano


 中世には、事物はもっぱら宗教画の背景として描かれている。16〜17世紀には北欧、特にフランドル、オランダで黄金時代を迎えた静物画は、さまざまな物が集積しているだけでなく、“ヴァニタス”、つまり人間の虚栄や虚しさを意味する頭骸骨や枯れた花等だけでなく、暗喩的、寓意的な意味づけが隠されていることが多い。面白いのは宗教画や歴史画、風俗画という体裁をとりながらも、メインテーマは背後に小さく追いやられ、前景には色彩鮮やかな魚や野菜などがいきいきと描かれている点だ。

 17世紀には、北欧と一線を画すフランス特有の静謐な詩情を醸しだしている静物画が生まれている。ボージャンの『チェス盤のある静物』は五感の表現だけでなく虚栄を表現した。女流画家ルイーズ・モワロンの『さくらんぼう、プラム、メロン』も配色が絶妙、写実性も卓越で何か落ち着けるものがある。これらは、最初のスペースに展示されている、独特の明暗表現として知られるラ・トゥールの頭骸骨に右手をあて、改悛(かいしゅん)、沈思している『蝋燭(ろうそく)の下の聖マグダラのマリア』に通ずる世界だ。

左から:ルイーズ・モワロン『さくらんぼう、プラム、メロン』、コターン『窓、果物、野菜』、ボージャン『チェス盤のある静物』
Crédit photographique : © 2022 Musée du Louvre, Audrey Viger


 18世紀にはシャルダンが抽象絵画にも近い独特の造形性で、静かな生を描き、生存中に高く評価され異例のアカデミー入りをしている。特に通称『タバコ入れ』は壁と箱の直角線、長いパイプが斜線状に置かれ、幾何学的に構成され、同トーンの色彩も相まって、静謐な詩情を漂わせている。

シャルダン 通称『タバコ入れ』
Jean-Baptiste Chardin, Pipes et vases à boire, dit aussi La Tabagie vers 1737
Paris, musée du Louvre, département des Peintures
© RMN – Grand Palais (Musée du Louvre) / Stéphane Maréchalle


 スペインでは、平凡な野菜などを描いた厨房画(ボデゴン)ともよばれる静物画が17世紀に広まったが、特に後年シトー派修道士になるコターンは写実性に優れる。1602年に描かれた野菜、果物は黒地であることで浮き上がって見えるが、しおれた野菜等はわび・さびの境地のような精神性が宿っているように感じさせる。18世紀にはメレンデスが、前景に鮮やかな赤で描いた大きなスイカ、後景には夕立ちのような空という何か幻想的な感じを与える作品は同展のポスターに使われている。よく目を凝らすと、したり落ちた汁の水玉まで見事に描かれている! この隣りには、独学で絵を描いたセラフィーヌ・ルイの果物と花をモチーフにした作品が展示され、両者スタイルは全く違うが、二人とも生前認められず窮乏のうちに亡くなっている。

右:セラフィーヌ・ルイ『花』
Crédit photographique : © 2022 Musée du Louvre, Audrey Viger


 17世紀の人間の五感を表現したフランスのリナールによる寓意画とその画面の構成やテーマにインスピレーションを受け、宙に浮いたような静物を描いたダリの独自の境地を開いた作品(1956年作)が並べられているのは、興味を引く。

Crédit photographique : © 2022 Musée du Louvre, Audrey Viger
左:ダリ『生きている静物』
その隣にリナールの作品が並べられており、ダリはこの作品にインスピレーションを受けた。
Crédit photographique : © 2022 Musée du Louvre, Audrey Viger


 また、16世紀のルーヴルとっておきのアルチンボルドの『秋』、『冬』が展示されているが、その横に彼へのオマージュとして、特異な身体の写真で知られるウィトキンによる実際の人間の顔写真と野菜、果物をコラージュした白黒写真でミステリアスに表現した作品が展示されている。その隣りのモニターに流れている、アルチンボルドのエスプリを見事なまでに表現したチェコのアニメは傑作だ。

アルチンボルド『秋』
Giuseppe Arcimboldo, L’Automne 1573
Paris, musée du Louvre, département des Peintures
© RMN – Grand Palais (Musée du Louvre) / Franck Raux


 異色なのは、幾何学的な架空の植物をAI、VRを使って表現した『フラクタルの花』。これは図鑑のようになっており、ページをめくって“鑑賞”できる。

 また、リベラやゴヤが描いた羊の頭や、レンブラントの牛の皮をはがされた残骸、ジェリコーが『メデューズ号の筏(いかだ)』の準備に、死体解剖所で断片化された人間の足の素描、クールベは木から血を帯びて吊り下げられているマスに自分を投影した。このコーナーは一部の人に少々ショックを与えることを恐れて、少し照明が落とされており、動物を描きつつ、いずれも人間への悲惨に満ちた視線を感じさせる。特に狂牛病が拡大していた1984年、大理石の上に牛の頭を置いて撮ったアンドレ・セラノの写真は、何か牛の非難めいたような視線を感じざるを得ない。

Crédit photographique : © 2022 Musée du Louvre, Audrey Viger


19世紀〜現代-時代を映し出す静物画

 19世紀中半以降になると静物画がフランスで頻繁に描かれるようになる。マネはその筆頭でアスパラガスや花の静物に息吹を吹き込み、一部のコレクターが買い漁った。さらにはゴーギャン、ゴッホ、セザンヌとオルセーからの作品が続く。特にゴッホの、アルルの自分の寂しい部屋を夢見た日本の簡素な部屋を、明るい色彩でデフォルメして描いた絵と、17世紀のオランダ絵画でフェルメール作とされていたこともある(19世紀中頃になってフェルメールが再発見されたことを思い出していただきたい)『室内の情景』とが並べられているが、同じオランダ人が描いてもまったく作風が異なることを示しているのだろうか?

左から:ゴッホ『ゴッホの寝室』、『室内の情景』と並ぶ
Crédit photographique : © 2022 Musée du Louvre, Audrey Viger


 20世紀になるとさまざまな芸術運動が起こったが、事物に新たな視線を投げかけ、事物は用途から解き放され、美術史を大きく塗り替えることになった。ピカソ、ブラックのキュビズム、デュシャンは1914年ボトルラック等の既製品をレディ・メイドとよんで作品として発表し、現代アートの草分けとなった。シュールレアリズムのキリコは『ある午後のメランコリー』で前景にアーティチョ―ク、後景に列車という夢想的な世界を描いた。マルグリットは足と靴を混在させ、身体と物の境界が曖昧になってくる作品を手がけた。

 大量生産や消費文化のアイコンをアイロニカルに表現したウォーホル等によるポップアートを経て、最後近くになると、資本主義、消費社会への警鐘を鳴らす作品が目立つ。日本関係では2011年の福島の原発事故で、核汚染された布団、畳などが山積みにされた仏人カメラマンによる写真と工藤哲巳の原発汚染による世界を想定したオブジェ(1971年作)が共鳴しあっている。

 最後のスペースでは、ハイパーリアリズムで有名なロン・ミュエク作、皮をはがされて天井からぶら下がっている鳥のオブジェの醸す悲哀と、アメリカの消費社会を痛烈に描いたアントニオーニの『ザブリスキー・ポイント』(邦題『砂丘』)のラストの爆破シーンと何か通ずるものがある。この映像は入口のホールにも投影されている。

ロン・ミュエク作、皮をはがされて天井からぶら下がっている鳥のオブジェ
後ろにはアントニオーニの『ザブリスキー・ポイント』(邦題『砂丘』)が投影されている。
Crédit photographique : © Masa HAYASHI


 他に興味深い作品は枚挙に暇がなく、静物画は決して廃れたジャンルではないどころか、各時代を映し出したことを証している。とにかく知的、美的興奮を強く刺激される展覧会だ。

 なお、常設展3階でもフランスの17世紀の静物画の傑作(911室)や、シャルダン(919室)もそのまま展示されているので、この際見直してみてはどうであろうか。また、ガラスピラミッドの下には、アフリカのカラフルな布にまかれた“手毬”のようなオブジェがトーテム状にインスタレーションされているが、これも展覧会の一環である。難民の手荷物や亡命を表象したというカメルーン出身のバルテレミー・トグオ作である。

バルテレミー・トグオ『Le Pilier des migrants disparus
Crédit photographique : © 2022 Musée du Louvre




時を経て出会う、二人の画家の作品群 -ルイ・ヴィトン財団美術館

 こうした時空を超えた作品の出会いはルイ・ヴィトン財団美術館で開かれている「モネとジョアン・ミッチェル展」でも見ることができる。モネは今でこそ印象派の大家として見られているが、1927年オランジュリー美術館にモネが睡蓮の連作を寄贈した時には一般に冷ややかな評価が大勢を占めていた。モネが再評価される背景としては、50〜60年代にアメリカで開花した抽象表現主義と関係がある。ジヴェルニーで描いたモネの晩期の作品が抽象絵画のパイオニア的作品として見られ、美術史家等もモネを新たに評価し始めた。

 そのアメリカで一貫して抽象絵画に取り組んできたミッチェルがフランスに居を移し、最初はパリにアトリエを構えていたが、1968年にはヴェトイユに、偶然にもモネが3年間暮らした家を眺める一軒家を購入し、精力的に制作を展開することになった。こうしたことが、今回このような展覧会が開かれるようになった背景としてある。

 地下ではミッチェルの回顧展として年代順に作品が展示されているが、1階から3階までは、モネとミッチェルの作品が交互に展示されている。二人は年代も異なり、もちろん出会ったこともなく(ミッチェルが生まれた1925年の翌年にモネが亡くなっている)制作姿勢も全然異なる。モネは視覚的な印象( sensation )を絵画に表現したのに対し、ミッチェルはfeelingという言葉で表現し、過去の記憶と現実の景色が交錯し、女性であるがモネよりもエネルギッシュで筆致が力強い。

 にもかかわらず、二人の作品の間に共通する世界を感じざるを得ない。特に最後に展示されているモネの通称『アガパンサス』で知られる3部作(1915年から26年)とミッチェルの『ラ・グラン・ヴァレ』(1983年から84年)は12作のうち5作品が展示され、色彩の中に見るものを包み込み圧巻である。どちらも、これだけまとめて展示されるのは初めてであるということなので、ぜひ堪能していただきたい。


美術館情報

ルーヴル美術館 Musée du Louvre
特別企画展 Les choses 2023年1月23日まで
住所:Musée du Louvre, 75058 Paris
最寄駅:メトロ1、7番線 Palais-Royal / Musée du Louvre
休館日:火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
開館時間:9時〜18時(現在金曜日のみ、21時45分まで開館)
※入館は閉館1時間前まで
観覧料:一般17€(オンライン)、18歳以下/EU加盟国在住26歳以下は無料
URL:https://www.louvre.fr/


ルイ・ヴィトン財団美術館 Fondation Louis Vuitton
Monet – Mitchell 2023年2月27日まで
住所:8, Avenue du Mahatma Gandhi Bois de Boulogne, 75116 Paris
最寄駅:メトロ1番線 Les Sablons
休館日:火曜日
開館時間:11時〜20時 ※入館は閉館30分前まで
観覧料:一般16€、学生10€
URL:https://www.fondationlouisvuitton.fr/fr

この記事の執筆者

林 正和 HAYASHI Masakazu

パリガイド通訳サービス主宰 大阪生まれ。パリ在住あしかけ38年、東京外国語大学卒業、マスコミ関係の仕事を経て パリ第三(ヌーヴェル・ソルボンヌ)大学で博士号取得。 現在美術館および観光ガイド、通訳、コーディネートを幅広く手がける。 フランス政府公認ガイドライセンス有

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