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いつもとなりに、フロマージュ 秋・冬編

 フランスでバターたっぷりのソースがかかった一皿を食べたあとにチーズを勧められ、さらには生クリームの盛られたデザートが出てきて目が点になった経験、ありませんか? そう、フランスは乳製品パラダイス! なかでもチーズの豊富さは圧倒的!

 食後にひとかけ、お料理の主役、脇役としてフランス人の食生活を支えてきたチーズは、時代とともにアペリティフ、おやつ、朝食……と消費のされ方こそ多様化していますが、今も昔も、家庭から星付きレストランまで、フランスの食を語る上で欠かすことのできない食材のひとつです。そんなフランスの国民食とも言えるチーズについて、#役立つ! チーズ基本情報 と共に、旬をふまえた選び方、味わい方をご紹介していきます。


冬チーズの代表格、モンドール

 パリのフロマジュリーで働き始めた当初、何より驚いたのは、フランス人のその購入量。300gくらいの塊を数種類、自分や家族の好みがわかっているので大して迷うことなくポンポンと選んでいき、特に週末は行列ができるほど! お客さんが途切れることがありません。東京のチーズ専門店で100gを丁寧にカットして販売していた私は、そのギャップにとにかく圧倒されました。

 四季折々に旬があり、一年を通して楽しめるチーズですが、なかでも冬時間が始まり本格的に秋の肌寒さを感じ始めると、ノエルに向けてチーズ屋はいっそう盛り上がり始めます。そんな秋の訪れを伝えてくれるのは、木箱に入ったモンドール Mont d’Or。スプーンですくわなくてはいけないほど柔らかくなる生地を固定するためにエピセアという針葉樹の皮のベルトが巻かれ、口に入れるとほんのりエピセアの香りがします。作られているのは、フランスAOPチーズの中でダントツの生産量を誇るコンテ Comtéと同郷のジュラ山地。冬は寒さが厳しく、かつては道が雪に閉ざされていたこの地域では、春夏は放牧した牛のミルクを近隣農家で持ち寄り大型のコンテを共同で作り、秋冬は各家庭で少ないミルクから小型のチーズを作っていたという歴史を持ちます。今もその流れからモンドールの製造は晩夏から初春と決められており、冬にかけて一番おいしくなる、クリスマスの代名詞でもあります。


冬の団らん、フランス版あったかお鍋

 冬といえば、山のチーズを使った熱々料理も忘れてはいけません。隣国スイスに起源を持ち、スイスの国民食であるラクレットやチーズフォンデュといった“とろ〜り系”は、和気あいあい楽しめるのでフランスでも冬の定番。用意するチーズは一人当たりなんと250g前後! 付け合わせはシャルキュトリとグリーンサラダのみ、準備の手間がかからず、言わば日本の鍋のような位置づけです。

 ラクレット racletteは、大きな塊の断面を暖炉で温めて、熱でとろけてきた部分を削って(racler)お皿にかけていたのが語源。名もそのまま、ラクレットというチーズを溶かしてジャガイモに乗せて食べる至ってシンプルな一品のため、おいしいチーズを揃えるのが“絶対”なのです。王道のラクレット・ドゥ・サヴォワ Raclette de Savoieに加え、胡椒やマスタード、ハーブ、ピマンデスプレット、トリュフ入りのフレーバーラクレットやスモークタイプなどなど、好奇心旺盛なパリジャンの要望に応えるべく、この時期多数のラクレットが陳列棚にひしめきあっています。変化球として青カビチーズを溶かすのもお勧めです。

 一方フォンデュ fondueは、通常2〜3種類をミックスして白ワインで溶かす(fondre)ので、選ぶチーズによって出来上がりの味や口当たりが変わってくるのが面白いところ。スイス各地、そして国境を接するフランス東部、イタリア北部のヴァレ・ダオスタにはそれぞれの土地のチーズを使ったそれぞれのフォンデュがあるのです。フランスで一般的なサヴォワ地方のフォンデュサヴォワヤード Fondue savoyardeは、厳密にはボーフォールBeaufort、アボンダンスAbondance、エメンタールEmmental de savoieのようなサヴォワ産のみを使うものですが、実際にはコンテを加えるレシピも多く見かけます。対してフランシュ・コンテ地方のフォンデュコントワーズ Fondue comtoiseは、シンプルにコンテ100%。1つのコンテだけで作るか、違う熟成期間のものを2種類混ぜるかは、好みで変えられます。


国民に愛されるチーズ、コンテ

 数あるチーズの中でも、嫌いという人がいるのだろうか?というほど人気者のコンテは、熟成段階によって変化するのが大きな魅力です。若い頃はマイルドで口どけ柔らか、熟成が進むにつれ生地が硬く締まり、ナッティで芳醇な香りと凝縮した旨味が出てきます。もともとは夏に作ったものを冬の間の食料資源としていたので、1年も2年も保存するものではなかったのですが、冬でも豊富な食料が手に入るようになった現在は熟成技術の研究発達が進み、12か月〜24か月以上の各熟成も一般的になりました。私の勤務するお店では熟成違いで3種類扱っていますが、中くらい18か月前後のものが常に全商品中の売り上げトップ。とはいえこういった長期熟成は玉数が少なく貴重なので、スーパーには並ばず専門店限定。なかでも36か月以上のプレミアムレアな超長期熟成は一年で一番大切なクリスマス頃にのみ販売するお店が多く、コンテ・ド・ノエルと呼ばれます。

 コンテに限らずハードタイプは一玉一玉香りや味わいが変わり、二つと同じ玉に出会えないのが面白いところ。それゆえ前回おいしかったから……と再購入したら、あれ? ちょっと違うな?と少しがっかりすることもあります。特に超長期熟成のものは味わいがビターになってくることもあり、値段がそれなりの商品ゆえ、試食をさせてもらって好みに合うかどうか確かめてから決めるとよいでしょう。チーズもワイン同様、まず目で見て鼻で匂いを楽しんでから味わうもの。職場では毎週数玉のコンテをホール切りしているのですが、開けた瞬間カーヴ内に広がる香りに、思わず忙しい手を止めて鼻をクンクンさせてしまいます。これはまさにチーズ屋の特権で、その度にこの仕事をしていてよかったと幸せな気持ちになります。


穴あきのグリュイエール?! フランスでよくある誤解

 フォンデュに話を戻すと、個人的にはスイス・フリブール州のフォンデュ・モワティエ-モワティエ(moitié-moitié 半々の意)が好きです。ヴァシュラン・フリブルジョワ Vacherin fribourgeois 50%、グリュイエール Gruyère 50%で作るのですが、私はフランス風に、グリュイエールをコンテに変えて作ります。コンテ100%よりもなめらかで味に深みが出て、配合もシンプルなので、お客様にもよくお勧めしています。本来グリュイエールはスイスのものですが、フランスではかつて“グリュイエール”という名前が大型ハードチーズの総称として使われていたため、今もその習慣が残っています。なかでも俗に言う穴あきチーズ、エメンタールのことをグリュイエールと呼ぶフランス人は非常に多く、フランス産グリュイエールも存在することから、ちょっとややこしい。レシピでグリュイエールと書かれていたら、他のハードを使ってもまず大丈夫です。合わせる食材を邪魔したくないときは、ミルクのまろやかさを出しつつ塩味穏やかなエメンタール、もう少しコクを出したいときは熟成若めのコンテやボーフォール、さらにしっかりとチーズの力強い味わいを主張させたければ熟成の進んだものをアクセントに少し……といった具合に使い分けられると上級者。でも難しく考えずに、冷蔵庫に残っているものがあれば、それを使ってもよいと思います。硬質チーズは傷んでくると表面に白っぽい粉がふき、それが進むとカビになるので、その部分は思い切って削ってしまえば、あとは問題なく食べられます。

 チーズの原材料は乳、凝乳酵素、塩のみ。それが製造・熟成方法や乳種の違いでこんなにも豊かな種類が生み出されます。ひとかけに栄養素が詰まった奇跡とも言える食品です。生産地の空気の中だとさらにおいしいので、地方を訪れる機会があれば、ぜひその土地のチーズを味わってみてくだい。

この記事の執筆者

犬田ゆり INUTA Yuri

栄養学を学んでいた大学時代、語学留学先のサヴォワでボーフォールに出会ったことをきっかけにチーズの世界へ。卒業後(株)フェルミエ入社。作り手の顔が見える、農家製の手作りチーズを日本に届けるという本間るみ子氏のこだわりに大きな影響を受け、生産者と消費者を繋ぐチーズ屋の仕事に情熱を捧げるようになる。フランスで生活したいというかねてからの願いを胸にワーキングホリデーを利用し、パリ17区地元密着型の老舗フロマジュリーFromagerie Martine Duboisで修行。その後労働ビザを取得し2014年に再渡仏。現在は子育てとのバランスを探りながらも同店の店頭に立ち続けている。
Instagram@YURI_INT

店舗情報
Fromagerie Martine DUBOIS 80, rue de Tocqueville 75017 Paris

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