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いつもとなりにフロマージュ 春編

 フランスの食を語る上で欠かすことのできない食材のひとつ、チーズ。国民食とも言えるチーズについて、#役立つ! チーズ基本情報 とともに、旬をふまえた選び方、味わい方を紹介します。


待ちに待った春の到来

 桜の開花が日本各地に春をもたらしてくれるとすれば、フランスでは3月最終日曜日の冬時間終了が、春の合図と言えるのではないでしょうか。冬が長くどんより空が続く分、一気に日が長くなったときの開放感と言ったら! チーズ屋では、この頃になるとブルビ(brebis羊)やシェーヴル(chèvre山羊)のかわいらしい形のチーズたちが所狭しと並ぶようになります。


春に旬を迎えるチーズたち

 良質なチーズを作るには、第一においしいミルクがあってこそ。そして乳の質は動物たちの餌に大きく左右されます。冬の間は干し草が主食ですが、暖かくなって一番草が生え始めると、新鮮な若草やハーブを求めて平野部では放牧が始まります。雪解けが遅い山間部での放牧はもう少しあとになりますが、みずみずしい牧草をいっぱい食べられるこの時期の乳は栄養豊富で、チーズ作りに特に適した季節です。
 とりわけ羊や山羊は冬から早春にかけて出産期を迎える季節出産なので、必然的に搾乳できる期間が限られています。現在は出産時期を調整したり、大手メーカーでは搾乳量が豊富な春にミルクを冷凍保存したりするなど、さまざまな技術の向上により一年中高品質のシェーヴルやブルビが手に入るようにはなっています。ですが自然のサイクルに従えば、地域により若干違うとはいえ、羊乳がとれるのは冬から初夏、山羊乳は春から夏の終わりになり、ミルクの質・量ともにピークを迎える春に製造も最盛期を迎えます。
 チーズは製造後の熟成期間をプラスして食べ頃の「旬」が決まってきます。ですからセミハードや青カビは、数か月の熟成を経て秋頃からが食べ頃と言われますが、熟成期間の短いソフトタイプのブルビ、シェーヴル全般、そして牛乳製だと白カビのような柔らかいチーズは今の季節ぜひおすすめです。


日本ではなじみの薄いチーズ、シェーヴルとブルビ

 シェーヴルの最大の魅力は、フレッシュからカチカチに硬くなるまで、熟成によって全く違う味わいになり、その全過程を楽しめるところだと思います。
 熟成度合により大別して「フレfrais」、「ドゥミセック demi-sec」、「セック sec」と呼ばれます。フレ(=フレッシュ)は爽やかな酸味でまろやかな口どけ、ドゥミセックになると酸味がこなれてきて口当たりねっとり、セックは身が硬く締まり濃縮した味わいになります。さらにそのあとはトレセックtrès sec、もっと進むとナイフで切ろうとすると硬すぎて崩れてしまうことから「カッソンcassant」と呼ばれます。また伝統的なこれらの熟成に対し、風を当てずに高めの湿度でクリーミー(「クレムー crèmeux」)に熟成させるシェーヴルも近年増加傾向にあります。地域やお店によって違うでしょうが、私の働くパリのフロマジュリーで人気が高いのはフレとドゥミセックの間の柔らかい熟成のもので、「タンドルtendre」とか「ムワルーmoelleux」と表現されます。確かにそれくらいの若めのものだと、果物やジャムとよく合うので朝食にもよいですし、厚めに切ってパンに乗せて軽くグリルしてサラダに合わせてもおいしくて、もちろんそのまま軽めの白ワインとも相性抜群です。個人的に一番好きなのはセック気味のドゥミセックで、山羊乳の旨味が最大限に感じられ、どんな色のワインにも合わせやすいです。トレセックまできた状態を好むのはフランス人でも一握りですが、硬くて強烈なのが好きという一部のお客様のために、お店の一角に小石のように硬くなったシェーヴルを集めていて、それを目当てにご来店される方もいるくらい、密かな人気コーナーです。
 フランスにおけるシェーヴルの歴史は8世紀まで遡ります。トゥール・ポワティエ間の戦いでアラビアのサラセン軍がフランス軍に敗れ、ポワトゥ地方のポワティエに山羊と山羊チーズのレシピを置いていったのがきっかけと言われています。5〜6頭の山羊がいれば小さなシェーヴルを作るには十分ですので、各家庭で山羊乳チーズが作られるようになり、その後村ごとに形と名前を変えながら一帯に広がっていきました。シャビシュー・デュ・ポワトゥ(Chabichou du Poitou)、サントモール・ドゥ・トゥーレーヌ(Sainte-Maure de Touraine)、クロタン・ドゥ・シャヴィニョル(Crottin de Chavignol)に代表されるように、現在もポワトゥ・シャラント、ペイ・ドゥ・ラ・ロワール、サントルのロワール川流域がシェーヴルの一大産地なのはそんな背景があるのです。
 一方でフランス南部、プロヴァンスやラングドックでもシェーヴルは多く作られています。この地域は乾燥して痩せた大地のため、広大な土地と牧草が必要な牛の生育には向かず、小型で粗食にも耐える羊や山羊が主流です。セヴェンヌ山地のペラルドン(Pélardon)、プロヴァンスのバノン(Banon)など、ロワール一帯のシェーヴルとは一線を画し、スプーンですくうほど柔らかく濃厚な味わいのシェーヴルが多いのが特徴です。また、アヴェロン一帯は青カビチーズの最高峰ロックフォール(Roquefort)の産地。昔からロックフォールのために羊乳を絞り、メーカーに売って生計を立てている地域のため、ロックフォール以外にもペライユ(Pérail)に代表されるような柔らかい小型の羊のチーズが、生産量は少ないながら存在します。


シェーヴルは臭い?! 正しい保管方法

 シェーヴルは保存環境がとても大事で、プラスティック製のもので密封すると蒸れてイヤな動物臭を放ち始めます。大変残念なことに「山羊って臭いでしょ?」と誤解をしている日本人がすごく多いのは、不適切な状態で放置されたシェーヴルを口にした経験があるからかもしれません。フランスでは多少知識があればスーパーでもある程度おいしいチーズは買えるのですが、シェーヴルに関して言えば、保存状態が信用できるフロマジュリーで選んでもらうことを断然お勧めします。購入後、柔らかい状態のまま食べたければ購入時に包まれた紙の中に置いて冷蔵保存でよいのですが、10日を超えるくらい長く保管したい場合は、紙を開いてシェーヴルを裸の状態で冷蔵しておくと、表面が少しずつ乾燥してセックに熟成していくので長く変化を楽しめます。
 ちなみにシェーヴル以外の他のチーズは紙に包んだまま(紙が汚れたらオーブンシートで代用可)、まとめてタッパーやジップロックに入れて乾燥を防いで冷蔵保存するのが基本です。


マイルドから個性派まで、多様な白カビ

 白カビチーズは、柔らかい生地がふわふわの白カビに覆われているのが特徴です。作られてすぐクリーミーなわけではなく、表皮の下から中心に向かって徐々に柔らかく熟成していきます。まだ中に芯が残る状態をcœur blanc、中心まで柔らかくなるとfait à cœurやsans blancと呼ばれます。真っ白な表皮は時間とともに徐々に茶色っぽく色づき、香りも味も強くなっていきます。フロマジュリーではある程度食べ頃に熟成したものしか並べませんが、スーパーでは生地がまだホロホロで固いものが売られていることも多々あります。白カビもウォッシュも、パリジャンは完璧に柔らかい状態を好む傾向にありますが、生産地では芯が残る若い熟成のものを食べることも多いので、何がよいではなく、自分好みの熟成加減を知るのも大切です。
 買ったソフトチーズが若すぎたというときは、野菜室のような温度が高めの場所で10日間前後放置してみると、購入時よりもだいぶよい状態で食べられるようになるでしょう。逆に冷蔵庫の奥底に忘れて過熟気味になってしまったときは、表皮を取ってみてください。皮から熟成が進むため表皮が一番強いので、それを外せば中はまだまだおいしく食べられることが多いです。
 白カビチーズで一番有名なカマンベールは、実は大きく分けて二つあります。まずはカマンベール・ド・ノルマンディ(Camembert de Normandie)。ノルマンディ地方で無殺菌乳から作られ、牛の放牧は一年で6か月以上、なかでもノルマンディ牛(vache normande)を主に使用し、型入れは手作業で行うなど、牛の育成から製造、熟成に至るまでAOPで細かく規定されており、それに準拠しないものはこの名前を名乗ることができません。その味わいは力強く香り豊か。もし私がフランス人宅に招待されて、相手の好みがわからないけれどひとつだけチーズを持っていくとなったら、よく熟成したカマンベール・ド・ノルマンディを選びます。それくらいスター性のある特別なチーズだと思います。
 一方で市場シェアの大部分を占めるのは、単にカマンベール(Camembert)と呼ばれ、多くは殺菌乳から作られています。カマンベール・ド・ノルマンディに比べると優しいので、チーズを食べ慣れない方にはこちらの方が好まれるかもしれません。
 パリ近郊イル・ド・フランスで作られるブリ(Brie)は、カマンベールのもとになった伝統的な白カビチーズで、大きく平たい丸型をしています。ブリ・ド・○○とブリのあとにその村の名前が続き、さまざまなブリが存在します。ブリの中で一番有名で一番大きいのがブリ・ド・モー(Brie de Meaux)で、味わいはちょうど中間の強さです。1つ30 cm以上、3 kgあるので普段はカット販売されますが、大人数のパーティーでは主役として1ホール丸ごと置かれることもある、大変華やかなチーズです。モーよりも一回り小さいながら、もっともっと個性的なのがブリ・ド・ムラン(Brie de Melun)。キノコの香りが漂う表皮の白カビは赤茶色を帯び、塩味もピリッと効いてフルーティーなので、こちらは春というより、秋の夜長に赤ワインとぴったりな大人な白カビです。
 カマンベールもブリも強いという方は、ダブルクリームやトリプルクリームと呼ばれるタイプを試してみてください。生クリームを添加して作られているので、白カビチーズとバターの間のとろけるような口どけでとてもマイルド。ブリヤ・サヴァラン(Brillat-Savarin)やカプリス・デ・ディウ(Caprice des Dieux)が有名で、スーパーで手に入りやすいのもうれしいところです。
 バラエティ豊かなフランスチーズ、いつも似たものを選んでしまうという方は、この春新しいチーズにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。好みの熟成具合や新たなお気に入りが見つかるかもしれません!

この記事の執筆者

犬田ゆり INUTA Yuri

栄養学を学んでいた大学時代、語学留学先のサヴォワでボーフォールに出会ったことをきっかけにチーズの世界へ。卒業後(株)フェルミエ入社。作り手の顔が見える、農家製の手作りチーズを日本に届けるという本間るみ子氏のこだわりに大きな影響を受け、生産者と消費者を繋ぐチーズ屋の仕事に情熱を捧げるようになる。フランスで生活したいというかねてからの願いを胸にワーキングホリデーを利用し、パリ17区地元密着型の老舗フロマジュリーFromagerie Martine Duboisで修行。その後労働ビザを取得し2014年に再渡仏。現在は子育てとのバランスを探りながらも同店の店頭に立ち続けている。
Instagram@YURI_INT

店舗情報
Fromagerie Martine DUBOIS 80, rue de Tocqueville 75017 Paris

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